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神戸地方裁判所 昭和54年(行ウ)12号 判決 1980年2月13日

原告 池田繁俊

被告 姫路市交通事業管理者

主文

本件訴えは、いずれも、これを却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

(一)  主位的請求の趣旨

1 被告が原告に対して昭和五二年一二月二一日付をもつてなした失職通知書に基づき、原告を昭和五二年八月一〇日限り失職せしめる旨の処分はこれを取消す。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

(二)  予備的請求の趣旨

1 被告は、原告に対し、金三二〇万円を支払え。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

(一)  主位的請求の趣旨に対する答弁

1 本案前の答弁

主文同旨

2 本案の答弁

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

(二)  予備的請求の趣旨に対する答弁

1 本案前の答弁

主文同旨

2 本案の答弁

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  主位的請求原因

(一)  被告は、地方公営企業法に基づき姫路市の経営する交通事業の管理者であつて、職員の任免、徴戒等の身分の取扱いに関する事項を掌理する権限を有するものである。

(二)  原告は、昭和三六年一〇月、姫路市交通局に市バスの運転手として入局し、その後、昭和五二年一二月二二日、被告から後記失職通知を受けるまで、市バスの運転手として一六年間余り勤務してきたものである。

(三)  原告は、被告から、昭和五二年一二月二一日付書面でもつて「あなたは、昭和五二年八月一一日に、禁錮一〇ケ月、執行猶予二年の刑が確定しておりますが、このことは地方公務員法第一六条第二号に該当し、同法第二八条第四項の規定により、その日をもつて失職となつておりますので念のため通知します。

なお、この件については、昭和五二年一二月一七日にあなたからの申し立に基づき、その事実を確認した結果、上記のとおり通知するものです。」

との通知を受け、以後就労を拒否されている。

(四)  1 右失職通知は、原告が、昭和四八年一二月六日発生の交通事故につき、業務上過失致死傷罪に問われ、大阪高等裁判所において昭和五二年七月二七日言渡された控訴棄却の判決の上告申立期間の満了の日である昭和五二年八月一〇日の経過をもつて、原審の禁錮一〇ケ月、執行猶予二年の判決が確定したことにより、原告が、地方公務員法第一六条第二号に定める「禁こ以上の刑に処せられ、その執行を終るまで又はその執行を受けることがなくなるまでの者」に該当し、同法第二八条第四項の「職員は、第一六条各号(第三号を除く)の一に該当するに至つたときは、条例に特別の定がある場合を除く外、その職を失う。」との規定により、昭和五二年八月一〇日限り当然失職したものとしてなされたもののようである(なお、地方公務員法の右規定は地方公営企業法第三九条による適用除外がなされていないので、地方公営企業職員に対してそのまま適用がある)。

2 しかしながら、右地方公務員法第二八条第四項は、「、、、条例に特別の定がある場合を除く外、、、」としているのであつて、これを承けて姫路市においても、「職員の分限及び徴戒に関する条例(昭和二七年四月一日条例第六号)」第七条第一項において、

「法(地方公務員法をさす)第一六条第二号に該当するに至つた職員で、刑の執行を猶予された者については、他の法令に特別の定めがある場合を除くほか、その者の罪が業務上過失によるものであり、かつ、任命権者が情状を考慮して特に必要と認めたときに限り、その職を失わないものとすることができる。」

と規定しているのである。

3 したがつて、右条例第七条は、地方公務員法第二八条第四項に定める当然失職事由の除外事由を定めたものとして、これを補充し、これと一体となる規定であるから、地方公務員法第一六条第二号該当者のうち、その者が、業務上過失犯であつて刑の執行を猶予された者については、任命権者は、その者の情状が特に斟酌すべきであり失職させないことが必要か否かにつき、必要な調査をしたうえで、慎重審査をなし、認定に至らねばならないのであり、そのうえで、必要性なしとの認定がなされた場合は、当該職員に対し当該認定がなされた旨の意思表示をなすことを要し、該意思表示の到達をもつて初めて失職の効果が発生するものである。この意味で、右意思表示は行政処分というべきである。

そして以上の手続を欠いたときは、仮に失職の意思表示のみがなされたとしても、手続違背の違法の処分として該処分の取消を求め得るものといわねばならないのである。

4 以上の理を、本件事案にあてはめるならば、被告としては、原告が地方公務員法第一六条第二号該当に至つたことを知つた場合は、まず、<1>右該当原因の事件そのものについて、その発生状況、発生原因、原告の情状、等について、裁判所の判断とは一応別個に、詳しく調査をなし、<2>加えて、原告の日常の勤務成績、家庭状況、等についても調査を遂げたうえ、<3>更に、原告自らの弁解を詳しく録取する等、前記条例に定める認定をなすために必要且十分の資料を収集したうえで慎重審理のうえ認定に至らなければ、手続不備の違法は免れないのである。

5 そこで、本件失職通知がなされた経過をみるに、次のとおりである。

(イ) 原告は、前記判決の確定後も従前と変わることなく平常に勤務に従事していたが、昭和五二年一二月一六日に至つて被告から突然呼び出しを受け、翌一七日(土曜)午前九時半ごろ、被告から、右判決の存在についての確認と何故報告をしなかつたかについて、五分間程度のごく簡単な質問を受けた。

(ロ) そのまま、詳しい事情については一切質問もないまま、原告は訴外菅野営業課長より自宅待機を命ぜられ、待機していたところ、二〇日(火曜)に至つて訴外土井総務課長より失職になつた旨の電話連絡を受け、翌二一日(水曜)に本件失職通知が発送せられ、翌二二日に原告方に到達した。

(ハ) この間、原告からの詳しい事情聴取並に弁解録取は一切なされていない。

6 以上により、本件失職通知発送までの手続については、次の諸点が極めて特徴的である。

(イ) 被告が、原告の地方公務員法第一六条第二号該当事由の存在を覚知した一二月一六日から、失職の最終判断がなされた一二月二〇日までの間、土曜日曜日も含めてわずか五日間の間に判断がなされていること。

(ロ) 原告からは、確定判決の有無の確認だけで、その余の事情の聴取は一切なく、弁解の録取もないこと。

(ハ) さらに、事件についての調査は一切なされておらず、判決書すら取得していないこと。

7 以上のように、本件失職通知に至る経過中には、事件並に原告の情状等を斟酌した形跡は全くなく、被告は、前記条例の存在すら全く眼中になかつたのではないかと思われるのである。

従つて、前記の観点からみて、本件失職通知は、手続的に全く違法であるといわねばならない。

(五)  よつて、原告は被告に対し、右違法な失職通知処分の取消を求めて本訴に及ぶものである。

二  予備的請求原因

(一)  仮に原告の主位的請求が容認されず、原告が、昭和五二年八月一一日をもつて失職となつているとするも、原告が主位的請求の原因(二)で述べたとおり、一六年間の労働の対価の後払い部分としての退職金が支払われるべきである。しかるところ、右の日現在における原告の受け得べき退職金相当額は、金三二〇万円を下らない。

(二)  よつて、原告は、被告に対し、予備的に右退職金相当額の支払を求めるものである。

三  主位的請求に対する本案前の答弁

(一)  原告は昭和五二年八月一〇日の経過をもつて当然に退職になつたものというべきであるから、被告が原告に対し昭和五二年一二月二一日付書面でなした本件失職通知は単なる通知行為に過ぎないものでありそこに行政処分があつたものというのは困難である。したがつて、右失職通知を一箇の行政処分とみてその取消を求める本件請求はその対象を欠き許されないものといわねばならない。

(二)  すなわち原告は、同人主張のごとく執行猶予付禁錮刑の判決言渡を受け、右判決は前記昭和五二年八月一〇日確定したため地公法一六条二号の規定に該当することとなつた。この場合地公法二八条四項によれば、原告は条例で特別の定めがある場合のほか当然失職するものとされる。

(三)  ところで右の条例に相当する姫路市の職員の分限及び懲戒に関する条例(昭和二七年四月一日条例六号)七条一項は、地公法一六条二号所定の欠格事由該当者のうち刑の執行猶予を得た職員について、次の二つの要件、すなわち、第一にその者の罪が業務上過失によること、第二に任命権者による当該職員の情状を考慮した救済認定がなされることのいずれもが充たされる場合に限つて特例的に失職させないことができるものとすることを認めている。

(四)  ところが原告の場合、その罪は業務外の過失によるものであり、自家用車に同僚を同乗させてリクリエーシヨン(釣り)から帰る途中で発生した自動車事故によつて起訴され有罪とされた。このことは紛れもない明白な事実であつた。ために原告の場合、右の第一の要件を欠いている。

(五)  もし本件事故が業務上の事故であつたならば、被告は、任命権者として、原告につき情状により特に斟酌すべきものがあるか否かの点(右第二の条例要件)を詳細に検討することとなろう。そしてその場合には、被告の検討結果判断は原告の身分関係に変動を生ぜしめる実質上の行政処分であり右処分が本件失職通知に包含されるという考え方のもとに右通知は行政処分としての性質を具有することになるという主張もありえよう。

しかし本件事故においては、公務起因性ならびに公務遂行性をいずれも認めることができず「業務上」の条例要件に該当しないことが明々白々である。かような事故であるかぎりは、原告が「公務と無縁の交通事故で起訴され執行猶予付禁錮刑の判決が確定した」という事実の発生により、当然に、地公法ならびに条例上原告の失職が結果されるものと解すべきであつてさらに条例要件の確認を求めるのは無意味というほかない。

(六)  なお条例七条一項の規定による「業務」は条例制定の経過上も現在の運用解釈上も「公務」と解され、「公務」に無縁の「私行」の場に業務観念を持込む余地はない。本件事故のように明白に業務性が欠如するケースにおいても、「右業務性の有無の認定は原告の身分関係の消長に影響を及ぼす行政処分なり」との見地から、あえて、本件においても本件通知に至る過程において条例要件の消極的認定行為が被告によつてなされたと構成するのは技巧に過ぎる。本件における失職通知は行政訴訟の対象となる行政処分を包含せず単なる通知行為とみるのが相当である。

四  主位的請求原因に対する認否、及び主張

(一)  請求原因(一)ないし(三)の事実を認める。

(二)  同(四)のうち1、2、5、及び6のうち(イ)、(ロ)の事実を認め、その余の点については争う。

(三)  被告の主張

1 いわゆる条例の救済条項は公務に起因しかつ公務遂行中の職員の行為についてのみ適用され当該職員の公務員としての業務に無縁の私行に対しては適用の余地なきものである。このことは条例の規定上明らかであり、かつまた、条例制定の経過に照らしてもさらに条例制定後の市長部局、水道局、交通局、教育委員会等各任命権者における取扱上も異論をみないところである。

2 本件事故は新聞等にも報道され業務上外の認定を争うまでもない公知の事件であつたが、原告車両に同乗していた被告の職員二名の死傷を惹起した事故であり原告自身も被告の職員であつたから、被告は事故発生の報を聞くや直ちに職員五名を事故現場に派遣し、事故の発生状況、発生原因等について詳細な事実の確認をなさしめ復命報告させているものである。右派遣職員は遺体を運搬し負傷者の入院を見届けて姫路に戻つたのであるが、派遣中も帰着して後も原告らについての事情の聴取や確認を行なつている。したがつて被告任命権者においては、原告の事故の状況やその過失の業務上外認定の点についての認識に欠くるところはないのである。

3 原告は判決確定の後も被告にその旨を報告せず約四ケ月勤務していたが被告は昭和五二年一二月中旬に訴外明石公武の報告を受け、原告に確認し、かつ裁判記録を調査してこれを確認した。ために被告としては原告の失職手続を執らざるをえない仕儀となつたが、地公法ならびに条例の規定は規定として実質上原告の不利益(退職手当不支給の点など)を少しでも緩和し救済してやれまいかと思料し、改めて自ら右地公法、条例を確認するとともに原告の勤務成績家庭状況その他の情状についても調査を行ない右調査結果を参考に供しつつ市長部局との協議を重ねた経過を有する。

4 したがつて被告は、本件失職通知に至る経過において、前記条例の二要件のうち第一の要件(業務上の過失であること)の該当性において原告の救済不能が明白であつたにかかわらず、第二の要件(原告の情状)についても遺憾なく調査吟味を了しているものであり、原告の手続違背の主張は失当といわざるをえない。

五  予備的請求に対する本案前の答弁

原告は、被告を相手として退職金支払の請求をなしているのであるが、被告は姫路市交通事業の管理者に過ぎず、右事業の経営主体ではない。従つて、本件訴訟は経営主体である姫路市を相手として訴訟を提起さるべきものであり、被告を相手とする本件訴訟は不適法であり、原告の本件予備的請求は却下さるべきである。

六  予備的請求原因に対する認否及び主張

(一)  予備的請求原因の事実は否認する。

(二)  被告の主張

1 企業職員の給与の種類及び基準は条例で定められる。(条例主義、地方公営企業法三八条四項)、そして退職金(退職手当)は無論、給与に含まれるのであるが(地方公営企業法三条一項)、右の給与条例主義に基づいて制定された姫路市の企業職員の給与の種類及び基準を定める条例一三条によれば、一項において「一定期間勤続した職員がその者の非違によることなく退職したときは退職手当を支給する」とし同条二項では「前項の退職手当について姫路市職員退職手当条例の適用を受ける者の例による」こととしている。

2 右姫路市職員退職手当条例は地公法二四条に基づき、国家公務員等退職手当法に準じて制定されたものであるが、同法八条一項二号同様同条例八条一項二号は地公法二八条第四項の規定により職を失つた者(原告がこれに該当する)に対しては退職手当を支給しない旨を明定する。この例に従つて姫路市の企業職員の給与の種類及び基準を定める条例一三条を運用するものとする場合においては、原告は公務員として非違による失職であり、退職手当支給制限を加えざるをえない。

3 そしてまた、条例の定めに従わずして職員に退職金を支給できないことは勿論である。

4 ちなみに公務員の退職手当の性格については、普通退職者・長期勤続者に対するそれは勤続に対する功績報償であり(勤続報償主義)、遺族・傷病退職者等に対する退職手当ならびに整理退職者の退職手当の割増部分は退職後の生活保障的な性格のものと理解されているが、いずれにせよ給与の後払いとの考え方はとられていない。

七  主位的請求の本案前の答弁に対する認否及び反論

(一)  被告の右答弁中(二)項及び本件事故が公務遂行中の事故でないことは認めるも、その余の点は争う。

(二)  原告の反論

1 姫路市条例第七条一項にいうところの「その者の罪が業務上過失によるもの」に該当する職員は、公務遂行中の職員に限定されるものではない。すなわち、その者の罪が、公務遂行中に惹起されたものであるか否かは問わないものと解すべきである。

2 被告は、右「業務」とは「公務」と解するべきだと主張するけれども、右は、本条例中本条項の制定経過からみても誤りであると思われる。又、もし、被告の言うように公務遂行中の過失犯に限定するとすれば、端的に「公務遂行中」の過失、或は「公務上」の過失によるものと規定すればよい筈であり、被告の解釈は文理にもとるものである。

八  予備的請求の本案前の答弁に対する認否及び主張

争う。

仮に、通常の退職金支払請求の相手方が被告主張のとおりだとしても、本件予備的請求は、地方公営企業法八条、九条により、業務執行としての退職金の支払事務を担当する管理者に対し、支払手続の執行を求めるいわゆる義務づけ訴訟(給付訴訟)として、根拠を有するものである。

第三証拠<省略>

理由

一  本位的、及び予備的請求の適否について判断する。

(一)  本位的請求について

1  原告が、昭和三六年一〇月、姫路市交通局の市バス運転手として採用され、それ以来姫路市職員、市バス運転手として勤務していたこと、原告が公務外の自動車事故により起訴され、禁錮一〇月、執行猶予二年の刑に処せられ右判決が確定したこと、被告は原告に対し昭和五二年一二月二一日付の書面をもつて本件失職通知を発し、右書面はその頃原告に到達したことは当事者間に争がない。

2  被告は、本件失職通知は行政処分でないから本件訴は不適法であると主張するので判断する。

地方公務員法二八条四項は「職員は、一六条各号(三号を除く)の一に該当するに至つたときは、条例に特別の定めがある場合を除く外、その職を失う。」と規定し、同法一六条は「左の各号の一に該当する者は、条例で定める場合を除く外、職員となり、又は競争試験若くは選考を受けることが出来ない。(二号)禁こ以上の刑に処せられ、その執行を終るまで又はその執行を受けることがなくなるまでの者」と規定している。ところで同法二八条四項を受けて姫路市において制定された姫路市条例「職員の分限及び懲戒に関する条例(昭和二七年四月一日条例六号)(以下本件条例という。)七条一項では「法(地方公務員法をさす)一六条二号に該当するに至つた職員で刑の執行を猶予された者については、他の法令に特別の定めがある場合を除くほか、その者の罪が業務上過失によるものであり、かつ、任命権者が情状を考慮して特に必要と認めたときに限りその職を失わないものとすることができる。」と規定していることは当事者間に争がない。

以上の各規定によれば、本件条例七条は地方公務員法二八条四項の当然失職事由の除外事由を定めたものとしてこれを補充する規定であることは明らかである。

被告は本件条例七条で定める除外事由の要件としている「業務上」とは「公務起因性」ならびに「公務遂行性」をいうものであると主張するのに対し、原告はこれを争い、公務遂行中であることを問わないと主張する。そこで、本件条例七条の適用対象者が公務遂行中の職員に限定さるべきかどうかについて考えるに、成立に争のない甲号各証及び乙号各証、証人下村唯雄、同土井勝清、同吉川勇の証言を綜合すると、本件条例は、都市における交通量の激増に伴い、昭和三三年頃道路交通関係法が改正され、交通事犯に対する取締、処罰が厳重となり、都市公営交通事業等に従事する者の業務上の事故が多発し、禁錮以上の刑に処せられ、当然失職という事態が全国的に起つたので、その頃より訴外姫路市交通労働組合においても地方公務員法二八条四項にもとづく条例を制定して欲しいとの要請が市当局になされてきたところ、訴外姫路市においては、昭和三五年九月二〇日、同法二八条四項の失職の例外規定として本件条例五条の二として同市議会に提出、同月三〇日可決され、その後公布施行された(なお、昭和四四年七月四日、条数のみ、五条の二が七条と改正された。)のであるが、同市が右改正を決意したのは、特に、自動車運転業務に従事する職員の業務上の交通事故について、これを救済する必要がありとの考えにもとづくものであり、議会においてもその旨の説明がなされたこと、が認められること、以上に認定した本件条例制定に至る一連の経緯と、そして、本件条例七条によれば、その者の罪が業務上過失によるものと規定し、業務上過失の罪と規定していない点とを考えると右業務上過失によるとは、市職員としての業務に起因し、かつその業務遂行中の過失により罪を犯したものを意味するというべきである。而して、業務上とは一般的概言であり(労働基準法七五条等参照)、市職員の場合には公務上というに当り、公務上の概念も業務上のうちに含まれることは明らかである。本件条例において公務上或は公務執行中と表現しなかつたからといつて、これを別異に解することは出来ないところである。従つて、本件条例七条の対象者は公務遂行中の職員の犯した過失犯を対象とするものというべきである。これを本件条例の文句に業務上過失とあるからといつて、これを直ちに刑法に規定する業務上過失致死傷罪を意味すると解することは、文理に反し、且つ本件条例制定の経緯にも反するところであり、かかる見解は採ることを得ないところである。

以上によれば、姫路市の職員については、地方公務員法で定める職員の失職は、同法一六条二号所定の欠格事由該当者のうち、公務遂行の過失により過失犯を犯した者に限り、任命権者の情状認定にかからせているものと解するのが相当である。即ち、当該職員の犯した罪が公務遂行中になされたときに、始めて、任命権者による特に斟酌すべき情状があるか否かの認定が行われるのである。而して、任命権者が公務遂行中の過失犯を犯した者について斟酌すべきものなしとした場合には、当該職員は失職することになり、当該職員の身分関係に変動を生ずるというように考えるならば任命権者の公務遂行中の者に対するこのような認定は実質的にみれば行政処分としての性質を有するものとみる余地もある。然しながら、公務遂行中でないときには、任命権者による情状認定をまつまでもなく地方公務員法二八条四項により、当然、失職することとなる。そして、公務遂行中であるか否かは、同法一六条二号の欠格事由である禁錮以上の有罪判決の罪となるべき事実が発生したときに客観的に法律上当然に定まつているものであつて、そこには任命権者による公務上であるか否かの判定を待たねばならないものでなく、行政庁による何等かの行政処分の介在を必要とするものではない、行政庁の認定は、行政庁が公務上であるか否かの行政庁としての見解を示したものに過ぎないものであり、これによつて何等法律上の影響を与えるものではないのである。これを本件について見るに、被告は、原告の本件罪となるべき事実が公務外の過失によるものであると判断したのであるが、この点の被告の判断は行政庁としての見解を示したものに過ぎず、公務上であるか否かの点は客観的事実として法律上当然に定まつているものである。従つて、被告が原告の行為を目して公務外であると判断したとしても、これをもつて行政処分であるということは出来ないことは明らかである。

次に、本件失職通知が行政処分であるかどうかについて考えるに、任命権者による失職通知は、当該職員が同法二八条四項の規定により同法一六条二号に規定する欠格条項に該当し当然その職を失つた旨を事実上通知するに過ぎないものであり、何等、当該職員の法律上の地位に法律的変動を与えるものではないから行政処分でないといわねばならない。

そうすると、原告は公務外の自動車事故により禁錮一〇月、執行猶予二年の有罪判決が確定したことによりその職を失うに至つたものであり、被告より原告に対して発せられた失職通知は何等行政処分ということは出来ないから、本件訴は不適法というべきであり、被告の本案前の抗弁は理由がある。

(二)  予備的請求について

前示のとおり、原告は姫路市の職員として姫路市交通局の市バス運転手として勤務していたことは当事者間に争がない。ところで、姫路市交通事業は地方公営企業としてその公共性と経済性を発揮するため特別な組織が定められ、同市長の指揮監督の下に姫路市交通事業の業務を執行させるために管理者として被告を置いているのであり、而して、管理者である被告は姫路市交通事業の運営責任者として交通事業の業務を執行し、当該業務に関し同市を代表する(地方公営企業法八条)ものであるが、然し、地方公営企業である姫路市交通事業の経営主体は地方自治体である姫路市であり、そして、原告は同市の職員として同市からその勤務に対し俸給、給料、報酬、退職金その他の給与を受けるものであり、管理者である被告から給料等の支給をうけるものではない。管理者である被告は給料等の支給関係において権利主体となるものではなく、給料等に関する事務の管理者であるに過ぎないのである。

そうすると、退職金等の支払義務者でない被告を相手として退職金の支払を求める本件予備的請求は不適法というべきである。

なお、被告は、本件予備的請求は、業務執行として退職金の支払事務を担当する管理者である被告に対し支払手続の執行を求めるいわゆる義務づけ訴訟であると主張するのであるが、本件請求の趣旨、原因によれば、本件給付の内容は失職に伴う退職金相当額の支払を求めるものであつて、その給付内容は、行政行為その他行政権の発動を求めるものではなく、通常の民事訴訟であることは明らかである、そうすると、前示説示のとおり、給料、退職金等の支払義務を負担せず、単なる右支払事務の掌理者に過ぎない被告を相手とする本訴請求は矢張り不適法というべきである。

二  以上によれば、原告の本件主位的及び予備的請求はその余の点について判断するまでもなくいずれも不適法といわなければならない。

よつて、本件訴をすべて却下することとし、訴訟費用につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 中村捷三 住田金夫 池田辰夫)

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